【導入】
スウェーデンでの暮らしが少しずつ日常になってきた頃、私たち家族は郊外の一軒家で2度目のValborg(ヴァルボリ)を迎えました。アパート暮らしの頃は、ValborgといってもニュースやSNSで焚き火の様子を眺める程度で、「なんとなくやっている行事」という距離感がありました。
しかし、郊外に引っ越してからは、地域の行事が一気に身近になり、「自分たちもこの土地の季節のリズムの中にいるのだ」と実感する場面が増えていきました。
その中でも特に印象に残っているのが、家族で見に行ったValborgの焚き火です。まだ空気は冷たく、吐く息は白いのに、地面には少しずつ緑が戻り、空は冬とは違う柔らかい明るさを帯びていました。子どもたちは「本当に火をつけるの?」「どれくらい大きいの?」と半分不安そうに、半分わくわくした表情で聞いてきます。
日本で育った私にとっても、「春を焚き火で迎える」という感覚は新鮮で、どこか不思議な気持ちでした。
このブログでは、郊外で迎えたValborgの一日を振り返りながら、家族で見た“春の火”の記憶を丁寧に言葉にしていきます。単なるイベントとしてではなく、「海外で子育てをしながら、季節の行事をどう受け止めていったのか」という視点も交えながら、スウェーデンの春の一場面を記録しておきたいと思います。
郊外で迎えた初めてのValborg

郊外に引っ越す前、ValborgといえばSNSやニュースで「大きな焚き火が灯る日」として紹介されるのを眺める程度でした。行事の存在は知っていても、実際に参加したことはなく、「スウェーデンの人たちは春をこんなふうに迎えるんだな」という、どこか遠い世界の出来事のように感じていました。
郊外に引っ越して最初の春、近所の掲示板に「Valborg」の案内が貼られているのを見つけました。そこには、焚き火の時間や場所、簡単なプログラムが書かれていて、「持ち物:暖かい服装」とだけ太字で強調されています。その一文だけで、「ああ、まだ寒いんだな」と現実に引き戻されるのもスウェーデンらしいところです。
- 集合場所は近くのグラウンド横の空き地
- 地域のボランティアが焚き火を準備
- 子ども向けにソーセージ販売や簡単な屋台
- 焚き火の前に短い挨拶と合唱
文章で補足すると、Valborgは「大きなフェス」というよりも、「地域の人たちが集まる素朴な行事」という印象でした。誰かが派手に仕切るわけでもなく、ゆるやかに人が集まり、気づけばそこに“場”ができている。日本の自治会行事にも少し似ていますが、焚き火という非日常の要素が加わることで、子どもたちにとっては特別な一日になります。
Valborgという行事の意味や、スウェーデンでどのように受け継がれてきたのかについては、こちらの記事で詳しく解説しています。 👉 Valborgとは?|スウェーデンの春を告げる焚き火の文化

焚き火が灯る瞬間|“冬が終わる”という実感
会場に着くと、まだ火はついておらず、大きな木の枝や枯れ木が山のように積み上げられていました。子どもたちはその大きさに圧倒され、「本当に全部燃えるの?」と目を丸くしていました。周りにはベビーカーを押した家族連れや、犬を連れた人たちが集まり始め、少しずつ空気がざわついていきます。
- 最初はまだ明るい時間帯に集合
- 短い挨拶と、春を祝う簡単なスピーチ
- 合図とともに火がつけられる
- 炎が一気に立ち上がり、歓声が上がる
火がついた瞬間、乾いた枝がパチパチと音を立て、炎が一気に空へと伸びていきました。その光景を見たとき、「ああ、本当に冬が終わるんだ」と、言葉にならない感覚が胸の中に広がりました。長い冬を経験したからこそ、「春を迎える」という行為にここまでエネルギーを注ぐのだと、身体で理解した瞬間でもありました。
子どもたちは、炎の揺らぎをじっと見つめながら、「あったかいね」「煙のにおいがするね」と、五感で春を受け止めているようでした。スウェーデン Valborg 子育て の視点で見ると、焚き火の行事は子どもたちの季節の記憶に深く残ります。
子どもの目に映った“春の火”
海外で子育てをしていると、「この子たちは、この国の季節の記憶をどうやって積み重ねていくのだろう」と考えることがあります。
日本で育った私にとって、春といえば桜や入学式のイメージが強いですが、子どもたちにとっての春は、もしかしたら「焚き火の匂い」や「冷たい空気の中で飲んだホットチョコレート」なのかもしれません。
- 焚き火の前でホットドリンクを飲む
- 友だちと走り回りながら火を眺める
- 煙で目が少し痛くなりながらも笑っている
- 帰り道、「また来年も行きたい」と話す
文章で補足すると、子どもたちは行事の意味を深く理解しているわけではありません。それでも、「家族で出かけた」「火を見た」「寒かったけど楽しかった」という体験が、少しずつ“この国の春”として記憶に刻まれていきます。その過程を隣で見ていることが、海外で子育てをする親としての大きな喜びでもあります。
日本の春との違い|桜ではなく、火を囲む時間
Valborgを体験するたびに、日本の春との違いについて考えさせられます。日本では、春は桜の季節であり、花を見上げながら過ごす時間が中心にあります。一方、スウェーデンの春は、焚き火を囲み、炎を見つめる時間が象徴的です。
- 日本:桜・お花見・入学式
- スウェーデン:焚き火・春の歌・Valborg
- 日本:静かに眺める春
- スウェーデン:火と声で迎える春
文章で補足すると、どちらが良い・悪いという話ではなく、「春をどう受け止めるか」という文化の違いがとても興味深いと感じます。
日本の春は、どこか内省的で、静かに季節の移ろいを味わう時間が多い印象があります。一方、スウェーデンの春は、長い冬を乗り越えた解放感とともに、外に出て、声を出し、火を囲んで祝う時間です。
その違いを、子どもたちと一緒に体験できることは、海外で暮らすからこそ得られる大きな財産だと感じています。
【まとめ】
郊外で迎えたValborgは、私にとって「スウェーデンで暮らしている」という実感が一気に深まった出来事でした。大きな焚き火を囲みながら、冷たい空気の中で春を待ち望む人々の姿を見ていると、この国の季節感や時間の流れ方が、少しだけ自分の中にも染み込んでくるような感覚がありました。
日本で育った私にとって、春は桜とともに静かに訪れるものでしたが、スウェーデンでは火と歌と人の集まりによって、力強く迎えられる。その違いは、単なる文化の差ではなく、「季節とどう向き合うか」という生き方の違いでもあるように感じます。
子どもたちと一緒にValborgを体験する中で、「この子たちはどんな春の記憶を重ねていくのだろう」と考えることが増えました。日本の春とスウェーデンの春、どちらか一方ではなく、両方の記憶が混ざり合いながら、この子たちの中に“自分だけの春”が形作られていくのだと思います。海外で子育てをするということは、そうした「二つ以上の季節感」を子どもと共有しながら、自分自身ももう一度、季節を学び直していくことなのかもしれません。
これからも、Valborgの焚き火を見るたびに、この郊外で迎えた最初の春の夜を思い出すのだろうと思います。そして、その記憶を言葉として残していくことが、私にとっての「北欧で暮らす意味」の一部になっていると感じています。